天空の山城へ
500年の絶景さんぽ
旅の始まりは、石畳の坂道が続く馬籠宿(まごめじゅく)。中山道(なかせんどう)43番目の宿場で、木曽路の南の玄関口です。大きな水車の脇に立った大友さん。「素敵な街、歴史を感じる石畳や建物、タイムスリップしたみたいですね」と、思わず声がこぼれます。文豪・島崎藤村(しまざきとうそん)を生んだこのまちから、中津川市の旅が幕を開けました。
街並みを眺めていると、この旅最初のロコレコさんが待っていました。「花恋さん、ようこそ中津川へ!」声をかけてくれたのは、安藤 嘉之(あんどう よしゆき)さんです。中津川市の複合施設「ひと・まちテラス」に勤め、まちの歴史や中山道の魅力を、講演や小学校の授業で子どもたちにも伝えている“案内の名手”。中津川市に暮らして50年、「中津川市のことが大・大・大好き」という生粋のまち好きです。「大好きな中津川市の中でも、ここが一番好きだという景色があるんですよ。ぜひ行ってみませんか?」と安藤さんに誘われ馬籠宿をあとにしました。
やってきたのは苗木城跡(なえぎじょうあと)。標高432mの岩山にそびえる山城で、「ここは戦国時代から多くの期間、遠山(とおやま)氏が治めてきた城で、今年でちょうど築城500年なんですよ」と安藤さん。「実は、平成の初めごろまでは木々に埋もれて、ただの山のようだったんです。それが少しずつ整備されて、今の姿になりました」と続けます。「500年も前から、ここに人がいたんですね」と遠い昔に思いを馳せる大友さん。まずは城跡の入口から、自然と人の手が織りなす石垣の世界へ、ゆっくり登っていきます。
近づくと、切り立った岩肌に石垣がぴたりと組み込まれた、独特の姿が現れます。「自然の岩をそのまま土台にして、その上に石垣を築いているんです。こういう造りは、全国的にも珍しいんですよ」と安藤さん。「人間が作ったものと、自然が生んだものが共存しているんですね。自然を尊敬している感じが、すごく伝わってくる気がします」と大友さん。巨岩の形にひとつひとつ石を合わせて積み上げた手わざに、思わず見入ります。
朝もやや雲海が現れると、山頂の城跡が空に浮かんで見えることから、苗木城は「天空の山城」「岐阜のマチュピチュ」とも呼ばれています。石垣は複数の積み方があり、それぞれの積み方を見ると築いた年代がわかるのだそう。ゴツゴツと自然のままに近い「野面積み(のづらづみ)」から、隙間なく整えた「切込接ぎ(きりこみはぎ)」まで、同じ石垣のなかに時代が層になって残っています。実は大友さん、事前に積み方を予習してきていました。「あれが野面積みかな」とつぶやくと、安藤さんも思わず笑顔に。
天守跡の展望台に立つと、視界がぐるりと360度に開けます。木曽川、市街地、そして正面には、日本百名山にも数えられ、中津川市の人々が“心の山”と慕う恵那山。眼下では大きな橋の工事が進行中で、「あれ、実はリニア中央新幹線の工事なんですよ」と安藤さん。近くの坂本地区には、駅と車両基地ができる予定だそう。500年の石垣と、未来の新幹線を一度に見渡せる景色に「過去も未来も、体験できる場所なんですね」と、大友さんの目が輝きます。
「初めて中津川市にお邪魔しているのに、そんな私にすら“お帰り”“よく来たね”と言ってくれたような、包容力を感じます」と正面の恵那山にふるさとの山を重ねた様子の大友さん。「外から見ても、中に登って外を見ても、他にはない唯一の景色を味わえました」石垣をたどり、天守跡まで登って眺めた、500年の時がつくりあげた絶景。安藤さんと歩いた“天空のさんぽ”を、心ゆくまで楽しんだ時間でした。
苗木城跡
なえぎじょうあと
標高432mの岩山に、自然の巨岩をそのまま取り込んで築かれた山城跡。漆喰を用いない外壁の様子から「赤壁城(あかかべじょう)」とも呼ばれ、その名のとおり赤みを帯びた城壁が周囲の岩肌と一体になった、ほかにない姿を見せていた。寒暖差のある秋から冬の早朝には、タイミングが良ければ、木曽川の川霧に石垣が浮かぶ”天空の山城”が現れることも。今年は築城500年にあたり、2026年10月4日には「苗木城築城500年記念イベント」も開かれる。
馬籠宿
まごめじゅく
安藤 嘉之さん
Profile
中津川市の歴史や中山道に詳しい、まちの語り部。複合施設「ひと・まちテラス」を拠点に、講演や学校の授業を通じて、地域の魅力を次の世代へ手渡している。
MOVIE
天空の城へ散歩
発祥の地で味わう
本場の栗きんとん