福島県桑折町|あつい夏だから 桃づくしの”こおり”へ
2026.07.25
「ないものはない」―。そんな潔いメッセージを掲げる島根県・隠岐諸島海士町に、地球の記憶と向き合うホテル「Entô」があります。目の前に広がるのは、圧巻のコバルトブルーが広がる海の景色と何億年もの歳月が刻まれた隠岐・島前のジオパークの絶景。この唯一無二のロケーションに深く浸る1泊目から、今後新たな宿泊プランとしてローンチ予定のホテルのスタッフが誘うディープな島民との交流まで。島の温かなハブとなるこのホテルを起点に、地域と溶け合うように過ごす大人のリトリート旅の案内を始めます。

米子空港を降りて七類港から船で4時間余り。日本海に浮かぶ島根県・隠岐諸島は、約600万年前の火山活動により形成され、4つの有人島と180余りの小島から成り立っています。土地の成り立ちや自然、文化の価値が評価され、2013年ユネスコ世界ジオパークに認定されました。
決してすぐ行ける所ではない圧倒的な“遠さ”と、日常の忙しさやノイズを少しずつ削ぎ落としていく贅沢さを味わえる船での移動時間は、旅のプロローグとも言えます。
辿り着いた先は、隠岐諸島の中で島前と言われるエリア、中ノ島に位置する海士町(あまちょう)。「ないものはない」という潔のいいキャッチコピーを掲げ、地方創生のトップランナーとして知られる、今もっとも熱いエネルギーに満ちた島です。

この地で、1971年開業の国民宿舎「緑水園」、そして「マリンポートホテル海士」としての歴史を引き継ぎながら、2021年に新たなる「泊まれる拠点」として生まれ変わったのがホテル「Entô(エントウ)」です。

風変わりなこの名前は、かつて後鳥羽上皇をはじめ高貴な人々が流された歴史を持つ隠岐の呼称「遠島(おんとう・えんとう)」に由来します。文字通り「遠く離れた島」を意味しますが、飛行機でどこへでも簡単に行ける現代において、Entôは「遠さ」がもたらす価値を、誇りを持ってこう定義しています。「遠いからこそ、人はまっさらな自分に戻れる。次なる希望に出会い、新しい物語を始められる」と。

そして何よりこの拠点を特別なものにしているのは、ここで働くスタッフの多くが、まさにこの「遠島」の魅力に惹かれて全国から集まってきた移住者たちだということ。外から来た彼らの新鮮な視点と、あふれんばかりの“海士町愛”があるからこそ、Entôは単なる宿泊施設を超えて、ゲストと島の営みを温かく結ぶハブとして息づいています。

チェックインを済ませたら、まずは別館の客室「NEST(ネスト)」へ。扉を開けた瞬間、目に飛び込んでくるのは、壁一面の大きな窓の向こうに広がる隠岐のダイナミックな海と地形です。
Entôの建築・空間づくりにおける最大のこだわりは、「建物の内と外を切り分けるのではなく、海や地形、光や風といった周囲の環境と連続するような空間」であること。無駄な装飾を削ぎ落としたミニマルな客室は、一歩外へ出ればそのままジオパークの大自然へと地続きになっているかのような錯覚を覚えます。

特筆すべきは、ディテールへの美学。全面に設けられた大きな窓は、厳選された木の窓枠で縁取られており、そこから覗く景色は時間帯によって変化する光や海の表情を映し出す、世界に一枚だけの生きた絵画のよう。荷物を置いたら、まずはベッドやソファに身を委ね、ただぼーっと窓の外を眺める贅沢を。流れる雲、行き交う船、穏やかに波打つ海。客室で静かに過ごす時間そのものが、すでに隠岐に深く向き合うジオパーク体験になっていることに気づくはずです。



客室で一息ついたあとは、毎日16時から開催されているショートガイドツアー「Entô Walk」へ。館内のジオラウンジルーム「Discover」で地球と隠岐の成り立ちに触れたあと、実際にフィールドへと出向き、隠岐独自の生態系や暮らしについてお話を伺います。
この「Entô Walk」をナビゲートしてくれるのは、ジオパークの解説スタッフたち。彼らの案内は単なる定型文の観光ガイドとは異なります。ここに魅了されて移り住んだ彼らが、目の前に広がる、自然や人の営みを熱量たっぷりに語ってくれるのです。スタッフたちの愛あるフィルターを通して隠岐を知ることで、この地の解像度を深めていきます。

フィールドワークを終えてホテルへと戻っても夏頃の隠岐は驚くほど日が長く、19時半頃までじんわりと明るい空が続きます。ディナーまでのこの贅沢な夕暮れ時は、ジオラウンジに続くテラスにぽつんと置かれた椅子に腰掛け、心地よい海風に吹かれながら過ごすのがおすすめ。ゆっくりと、色を変えていく空と海を眺める時間は、何にも代えがたい特等席です。

Entôのダイニングのコンセプトは、隠岐の自然や人々の営みから生まれる食材を通して、この土地の「今」を味わうこと。テーブルに置かれたメニューには、「ムラ-さんのビーツ」、「山中さんのお米」といったように、食材を提供してくれる島民の方々の名前が愛おしそうに並んでいます。実は、ここ海士町を含めた隠岐諸島は、前菜からメイン、デザートに至るまで、贅沢なフルコースのすべてを自給できるほど、豊かで多様な食材が揃う稀有な土地。まさに「ないものはない」を体現するような島のポテンシャルを、極限まで活かしたイタリア料理を技法とした8皿のメニューで仕立てています。
一皿ごとに、厳選されたお酒とのペアリングを楽しめるのもここならでは。そして何より、メニューを運ぶスタッフの方々の熱量が食体験をさらに特別なものにします。まるで自分の大好きな家族を紹介するかのように語られる一皿のストーリーを通じて味わう食は、ただ美味しいだけでなく、隠岐の文化と人の温もりを身体に染み込ませていくような、奥深い感動に満ちています。

夕食を終えたら、夜風が心地よく吹く外のたき火のスペースへ。見上げれば、都会では味わえない吸い込まれそうなほどの満点の星空が広がっています。売店で手に入れたクラフトビールを片手に、パチパチと薪が燃える火を静かに眺める—。それだけで、言葉にならない贅沢な時間が流れていきます。そしてこのたき火スペースの本当の魅力は、宿泊ゲストだけのものではないということ。ホテルのスタッフはもちろん、仕事を終えた島民の方々も集まり一緒に火を囲むこともしばしば。ここでのひとときも、温かな旅のハイライトになるはずです。
2日目の朝。柔らかな光が差し込む朝食会場では、ディナータイムの雰囲気とは対照的に、清々しい海を眺めながらいただく時間はまた格別の心地よさです。

テーブルに並ぶのは、島の日常の営みを感じさせる優しく力強い和食のメニュー。なかでも、炊き立ての白いご飯は、離島にしては珍しい豊かな湧き水に恵まれた海士町で作られた「山中さんのお米」。おともに頂く島の食材を用いたお料理とともに口に運んだ瞬間、この島で暮らす人々の顔やストーリーが浮かんでくるようです。Entôでの食体験は、単に味覚を満たすだけでなく、ゲストが食べる瞬間からすでに海士町の営みの中にそっと仲間入りしているような、不思議な温もりをくれるのです。
しっかりとお腹を満たしたら、いよいよホストの手引きによって、さらにディープな島へと足を踏み出します。

ガイドブックを開いても、きっとこのルートは見つからない。「Entô」が今後本格的にローンチを予定しているのが、島を愛して移り住んだスタッフたちが、ゲスト一人ひとりのやりたいことや興味に合わせて島のリアルな日常へと案内してくれる特別な滞在プランです。今回は、その旅のさわりとして、Entôスタッフのナビゲートのもとで海士町の美しい名所を巡りながら、宿の裏側を支える3つの熱い現場を訪ねさせてもらいました。
まず向かったのは、客室でゲストの眠りを裏側で支えるリネン工場「株式会社 島ファクトリー」。海士町をはじめ、西ノ島町・知夫村の宿泊施設の寝具やタオルを一手に引き受ける、隠岐諸島で唯一の洗濯場です。ゲストが毎日触れるパジャマやシーツがどう調えられているのか、島留学を経て移住したという工場長の安藤さんにお話を伺いました。
「毎日早朝から320枚ほどのシーツを洗濯していますが、私たちは隠岐の美しい海を守るために、なるべく海への影響が少ない環境に優しい洗剤を選んでいます。その分、機械任せでは汚れが落ちきらないこともある。だからこそ、アイロンをかける前に1枚ずつ自分たちの手で広げ、目で見て、丁寧にチェックしているんです」。こうして訪れなければ気づかないかもしれない裏側にまで、島への愛と誇りが満ちている。人の温かみがじんわりと伝わる、貴重な工房訪問となりました。
続いて向かったのは、朝食で感動した瑞々しいお米の生産者・山中さんのもとへ。驚くことに、スタッフが車を止めたのは田んぼではなく、山中さんのご自宅でした。
ガラリと扉を開けると、山中さんの畑で育てたというスイカやビワ、おやつを贅沢に並べて待っていてくださる姿が。まるで「田舎のおばあちゃん家」に遊びにきたかのような、無条件の温かさに心がほどけていきます。
おもてなしをいただきながら、離島では珍しい海士町の豊かな湧き水を使った稲作のこだわりや、島での暮らしを直接伺う時間は、この土地への愛着と食材への感謝が何倍にも膨らむ、特別なひとときです。
旅の締めくくりに訪れたのは、名産の島牡蠣がぷっくりと育つ清らかな海辺に佇む「株式会社海士」の塩工場。ここでは伝統的な塩炊きの製法を見学させていただきました。
汲み上げた豊かな海水を、まずはびっしりと組まれた「竹の枝」に何度も通して循環させ、天日と風の力でじっくりと濃度を上げていく。その後、釜で炊き上げていくことで、まろやかで旨味の強い「海士乃塩」が生まれます。
隠岐の自然のメカニズムと都築さんの情熱が結晶となった真っ白な塩は、まさにダイニングで味わった料理の美味しさの源。その背景にある職人技を五感で知る体験となりました。
島に惚れ込んだ移住者スタッフだからこそ知っている、カッコよくて温かい島民たちの素顔。彼らが「大好きな人たちを、ゲストに紹介したい」と自ら手を引いて繋いでくれるからこそ、私たちはただの「観光客」ではなく、この島に大切な繋がりを持つ「旅人」になれるのです。次は絶対に、自分だけのプランを作ってもらいに2泊3日で帰ってこよう。未来への確かな再訪の動機が、ここにあります。
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